Mémento-Mori
「死を想え」
Mr.Childrenの「花」という曲の副題になっている
この言葉を知ったとき、
一種の憧れのようなものを感じました。
それはこの人生を生きるための
究極のエッセンスであるように思えたからです。
前回までのテーマからだいぶかけ離れて、
(本来は少しも変わらないものだと思いますが)
生と死について考えてみたいと思います。
Wikipediaによるこの言葉の概略は以下のとおりです。
「古代ローマでは 将軍が凱旋パレートを行った際に
将軍の後ろに使用人が立ち、
『将軍は今日絶頂にあるが、明日はそうであるか分からない』
ということを思い起こさせるため
『Mémento-Mori』と将軍に言う役目を果たしていた。
ただし、一般的には使われていない言葉で、
当時の趣旨は『今を楽しめ』ということであり、
『食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから』
というアドバイスであった。」
私たちは将来死ぬことになっています。
この生を終える時が必ずやってきます。
始まりがあれば終わりがある。
出会いがあれば別れがある。
それは表裏一体で切り離すことのできない真実です。
また、死ぬことができるから、
今を生きることができる
と考えることもできます。
ネイティブ・アメリカンの写真集の中に
こんな場面を見つけました。
美しく晴れ渡った空の下、
その空と同じくらい
晴々とした表情を湛えた彼の言葉。
「今日は死ぬのに良い日だ」
この日に 一生を終えることができれば
何も悔いることはないという
今日の日の素晴らしさ。
そして、想いの潔さと覚悟。
今を生ききることができれば
どんなに人生が変わってくることでしょう。
日常に埋もれると
自分が死せる存在であることを忘れてしまいますが、
その想いを身近に感じることができるとき
この生の価値はどこまでも高まっていくのではないでしょうか。
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